霧隠才蔵、『風神の門』を読み終え、短編の作品『最後の伊賀者』を読みました。
『読まなくてもいい司馬良太郎作品第一作目』に挙げたいと思います。
忍者、服部半蔵の子息、服部石見守正就(はっとりいわみのかみまさなり)と、
ヒダリと言う忍者が登場します。
ヒダリは、『石見守など、我らが忍者を統率する器ではない。復讐してくれる。』
と、理由にもならない理不尽な理由で、忍びの技を使い、流言を流し、公儀を利用し、
石見守を追い詰め、果ては辻斬りの汚名を着せ、お家取り潰しにさせてしまいます。
(石見守は最期、戦で討死のはずですが
死体が見つからず行方不明。逃げたものとみなされます。
主人が消えれば当然、その家は取り潰しになるわけです。
死体をヒダリが隠したのではないか?いやまさか、そこまでは・・・
というニュアンスで小説は終わります)
人を疑うこと、嫉むことを訓練されてきた忍者の影の部分。
また、それを美徳とする、現代人では理解に苦しむ忍者の誇り。
そういった、ヒダリの暗い部分が主流にえがかれています。
後味悪いこと、この上無い。
そんな理屈があるか?と思わず眉をひそめました。
事実は小説より奇なり といいます。
世の中には理不尽が横行していると思います。
私にもあります、妬み、意地悪、卑屈。
自分の理不尽なことにも気付かずに暮らしているかもしれません。
でも、闇に捕われることなく明るく、軽やかに前を向いていきたいのです。
嫉みや卑下、いじけた心に負ける私ではダメなんです。
間違えることや、後悔もたくさんありますけどね。影に捕われちゃだめです。
それにしても後味の悪い作品でしたよ〜;
司馬先生、なんか機嫌の悪いときに書いたのかしら、これ〜;
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後味の悪い作品てときどきあるねぇ。